
2008年7月、私は冬至書房から「日本の蘇生」という本を出版いたしました。
ここ10年ほど私は世界の潮流が大きく変化しつつある、ということを強く意識するようになっていましたが、私が最初に潮目の変化を感じたのは実は1978年12月、中国が「改革開放」へと舵をきった時でした。
数百年続いた欧米の力と論理による支配、そして戦後イギリスからアメリカへと引き継がれた「覇権」が終わり、世界がもっと多元的な価値観に基づいた多極的な世界へと移行してゆこうとしているこの大変動期に日本の政治は何等の未来へのビジョンも示さず、マスコミは何かことが起こる度に一色に染まって大騒ぎする「コップの中の嵐」を繰り返しながら、肝心なことは報道せず、人々をミスリードしてゆく。この情報化社会の中で日本は内向きになり、世界の潮流から取り残され、社会の閉塞感は強まってゆきました。そういったことに苛立ち、強い危機感を感じて、私は専業主婦という自由な立場から未来に向けての一つの日本のあるべき「国のかたち」を描いてみようと思い立ちました。
開国と明治維新によって欧米の制度や政治システムや科学技術だけではなく、本来の日本とは異質な一神教的、一元論的な思想や帝国主義までを模倣した負の遺産、戦後アメリカという覇権国に従属し、間接統治されたことの大きな副作用。そういったもろもろのことをここで振り返って検証しながら、行きすぎた中央集権を是正し、外交・安全保障・官僚制度・教育等々を見直し、日本が将来的にどのような国家を目指すべきなのか、という国家理念をもう一度考え直す絶好のチャンスなのではないだろうか、と私には思えました。
普通の主婦が、「未来に向かっての日本のあるべき姿」などを書いても誰も読んではくれないだろう、と思い、日本が既に大きく国のかたちを変化させ、再び未来に向かって躍進しようしている2030年、という時点を設定し、アラン・ジュビエールというフランス人ジャーナリストを「筆者」としたり、日本を深く愛していた彼の妻カトリーヌを登場させたりと、それなりの工夫をしてみました。
本を出版してから一年が立って、すべての事が私が思っていたよりずっと早く進行しているのに驚いています。
BRICs ブラジル、ロシア、中国、インドがいよいよ存在感を増し、中でも中国はG2としてアメリカと共に覇権の一翼を担ってゆく国と見なされるようになりつつあり、その中国とロシアが国際社会に向かってドルに代わる新たな国際決済通貨の必要性を説き、昨年のリーマンショックに端を発した世界同時不況が進行する中、G8に代わってG20が世界経済や金融システムを話し合うための国際的な枠組みとなりつつあります。
そしてアメリカではオバマが史上初めてアフリカ系アメリカ人の大統領となり、世界に核の廃絶を訴え、トルコやイラン、エジプトなどのイスラム諸国に融和を呼びかけてブッシュ時代に先鋭化したキリスト教対イスラム教という対立の構図を修復しようと努めています。
私の本の内容は早くも現実の世界に追いつかれつつあります。ただ日本の政治と社会の混乱と閉塞感は私がこの本の構想を考えていた2004年頃よりいっそう深刻さを増しているように見えます。
実は私が上記の文章を書いたのは確か7月の半ば頃のことでした。しかし、8月30日の選挙で遂に日本にも大きな変化の波が起きました。民主党が圧勝して戦後初めて本格的な政権交代が実現しました。この選挙結果は安定した日本の社会を破壊した小泉改革に対する国民の怒りの表出であったと思います。
その怒りが日本全国で地殻変動を起こしていました
私がこの政権交代は本当に日本に変革をもたらすかもしれない、と感じたのは実は VOICE9月号の「鳩山論文」を読んだ時でした。
鳩山次期総理がかねがね唱えている、とかく軟弱なものと見なされがちな「友愛」の精神が、フランス革命のスローガン Liberte自由・Egalite平等・Fraternite博愛=友愛 であること、行き過ぎた自由と平等が社会を混乱させる時、それを克服するのが友愛の精神である、ということから説きおこし、その理念に基づいた一人一人の人間の「個の確立」の大切さや共生の思想が語られ、未来への政策が語られています。
論文中のアメリカが冷戦後世界に押しつけた、市場原理主義に基づくグローバル・スタンダードの明確な否定や、アメリカの一極支配の終焉の予感やドルの基軸通貨としての永続性への懸念、などの部分がニューヨークタイムスなどに紹介され、アメリカ側が懸念を表明している、と日本のマスコミが騒いでいますが、ウオール街の金融資本家たちはともかくとして世界の多くの人々が「正論」と認める内容だと思います。そこに感じられるアメリカからの自立への志向は、戦後ずっと政権政党であった自民党の総理・総裁からは聞くことのできなかったものであり、これが新たな日米関係の胎動であってほしい、と思います。
アメリカからの自立、そしてアジア共同体構想実現に向けてのアジアへの回帰。そんな未来への展望が感じられる鳩山論文でした。
早くも民主党政権への様々な懸念の声が発せられていますが、ここは辛抱強く少し長い目で見ながら、鳩山政権がどこに向かおうとしているのかを見極めることが大事なのではないかと思います。
さて、敗戦後日本は占領軍から様々な民主主義の意匠を与えられ、国際法上は1951年に独立国となりました。
そして1956年の「もはや戦後ではない」(経済企画庁 経済白書)という高らかな宣言から僅か12年後の1968年には早くもGDP世界第二位になりました。戦前現在の中国東北部の地に建国から僅か14年で消滅した満州国という蜃気楼の如き幻想国家を生みだした日本人のエネルギーはここでも遺憾なく発揮されたのです。おそらく戦後の日本の首都東京の無国籍で無秩序で活気溢れる姿はあの満州国の再現だったのかもしれません。
1968年大学を卒業した年の7月、私は留学生としてパリで暮らし始めましたが、まず衝撃を受けたのはフランスの首都の抜き差しならない美しさでした。セーヌ川を中心としてローマ時代から現代に至るそれぞれの時代の様式を代表する建築群の妙なる調和に私は首都というものがその国の精神の表象になり得るのだと感じました。パリを見ればフランスの辿ってきた歴史、価値観、何をもって美としてきたかが自ずと分かります。
日本の首都東京が日本の過去から切り離され、日本が長い歴史の中で育んできた美に対する感性も精神性も何等反映していない、ということに私はある種の危機感を感じるようになり、それはやがて日本の戦後の在り方そのものへの危機感へと繋がってゆきました。
パリは四方を美しい森に囲まれていますが、その森を抜けるとその先には豊かな田園風景が広がってフランスは偉大なる農業国なのだと実感させられます。
パリから南西に90キロほど、フランスの田園の中でも一際豊穣なホース平野のほぼ中央にフランスゴシック建築の最高傑作の一つでその見事なステンドグラスで名高いシャルトルの大聖堂があります。20世紀初頭の詩人シャルル・ペギーによって大海原にも例えられたボース平野の黄金の麦畑の彼方にシャルトルの大聖堂の形の異なる二つの塔を仰ぎ見る景色がフランス人にとって如何に大切なものであるかを大学の授業で学んだ私は最初にシャルトルを訪れた時、パリからシャルトルへと至る景色も、大聖堂と町の佇まいもおそらく中世以来殆ど変わっていないことに驚きました。パリからシャルトルへと至る道の両側には延々と果樹園や麦畑が広がり、工場群や団地や現代風な建築群といった現代文明の痕跡はありませんでした。
日本にも守るべき「黄金の麦畑」が(無論精神的な価値観も含めて)あったのではないだろうか。それを「経済成長」だけを優先させて悉く破壊してきたのが戦後の「植民地」日本の在り方だったのではないだろうか。
ただ戦後の日本の社会や経済システムには、どこかで日本人の価値観や倫理観を反映した独自性がありました。 鄧小平が中国経済の改革・開放にあたって範としたのは日本特有の生産技術や管理システムだったといわれますが、優秀な官僚たちによって構築された所謂「日本システム」と、勤勉で真面目な国民性、物作りへの強い拘りが「奇跡の経済成長」の原動力でした。分厚い中間層に支えられ、教育や社会保障システムが充実し、治安の極めて良い社会はやはり誇るに足るものだったと思います。
そんな様相が変わり始め、「日本はアメリカから要求されたらNOと言えない紛れもない植民地なのだ」とひしひしと感じるようになったのは東西冷戦にアメリカが勝利した1990年以降のことでした。日米構造協議によって日本の安定した社会システムはじわりじわりと切り崩され、そしてアメリカから要求された内需拡大・量的緩和政策によって人為的に引き起こされたバブルは、戦後ひたすら経済的繁栄だけを求めてきた日本社会全体の倫理・道徳の荒廃を見せつけました。
明治維新の折り、淡々と「版籍奉還(大名たちが領地と領民を朝廷に返上する)が行われたこの国では長い間、土地は公の物、という観念が強かった筈です。その土地を投機の対象にして社会的責任を負うべき大会社やごく普通の人々までがひたすら金儲けに狂奔したことを私は一人の日本人として恥ずべき事であったと思っています。もしフランスの政府や行政や国民がこのような経済至上主義に走れば、ボース平野の「黄金の麦畑」はとっくに消滅していたことでしょう。
そして「小泉改革」によって、安定した日本社会は徹底的に破壊されました。ブッシュ政権の大義無き侵略戦争であるイラク戦争を無条件に支持し自衛隊を派遣して兵隊や物資の輸送、給油活動などを行ってその戦争に加担したこと、最初から明らかに格差を拡大し、医療・福祉などの社会保障制度を破壊し、地方を疲弊させると分かっている数々の政策を「私に反対する人々はすべて抵抗勢力」と切り捨てて断行していったこと、郵政民営化という国民に何らの益ももたらさないたった一つの政策の為に議会の二院制を無視して衆院を解散しメディアを総動員して派手な劇場型選挙をやったこと。私はこの一連の小泉の政策と「改革」が間違っていたことを後世の歴史家が指摘する日が必ず来るだろう、と信じ「歴史は小泉を許さない」と心の中でつぶやき続け、その怒りが本を書き進める原動力ともなりました。
戦後文化も伝統も壊れるに任せ「エコノミックアニマル」などと嘲笑されながらやっと築いてきた「国民の9割が自分を中産階級とみなす安定した社会」が脆くも崩れ去ってしまったら、一体日本人の戦後とはなんだったのでしょうか。政治家にも官僚にも国民にも守らなければならない「社会のかたち」というものはなかったのでしょうか。
儲ける為、株価を上げる為には何をしても良い?! 会社は従業員ではなく株主のもの?! 会社を作り育てるより買収したほうがてっとり早い?!
こんな、本来の日本的価値観とは相容れないアメリカ流強欲資本主義がまかり通ったあの時代は狂っていたとつくづく思います。そして日本社会のあらゆる面での質の劣化が多くの人々の生活を破壊しています。
この危機的な状況の中、日本の政治は世界も呆れるほどの迷走ぶりで少しも機能せず、国民の苛立ちと絶望感は次第に募っています。私はこの国民の怒りこそが日本を真に変革する原動力になるのではないだろうか、と微かながら期待しています。
私が日本は世界の人が羨む素晴らしい国になり得る、と考える要素は色々あります。
まず豊かな自然に恵まれた国土。日本の国土の約7割は森林であり、水は豊かで太陽は燦々。これほどに緑豊かな国は世界にそうはありません。また四方を豊穣の海に囲まれていて、国土面積は世界で60番目ですが、海岸から200海里内の排他的経済水域の広さは世界で6番目で、漁業資源や海底資源にも恵まれています。
国内に目立った宗教対立も人種間の対立もなく、分離独立の動きもありません。
明治維新から日露戦争の勝利まで38年。敗戦から世界第二位の経済大国にのし上がるまで23年。国民の傑出した能力とエネルギーと勤勉さはすでに立証済みです。この力が戦争へ、軍事大国化へ向けられれば世界中から警戒され、国を滅ぼすこととなりますが、その大いなる力が世界の平和や貧困撲滅などに使われるなら日本は世界にも大きく貢献することができるのではないでしょうか。国民が稼いだ膨大なお金をどうせ売れない米国債に費やしてアメリカに永遠に貢ぐより、例えばその資金の一部でも、アフリカに長期計画で、豊かな緑の大地を増やし、農業を振興し、高度な教育を与えるなど、アフリカの人々に真の豊かさをもたらす為に使えれば、地球の環境を守り、アフリカで頻発する紛争を減らすことに貢献できるかもしれません。ソマリア沖に海賊退治の艦船を派遣するよりよほど世界の平和に貢献することができるように思います。
更には建築や庭園、能楽や和歌・俳句・絵画・彫刻・工芸品・料理等々に見られる日本人の美や四季の移ろいに対する研ぎ澄まされた感性。茶道や華道などに見られる「道を究める」という精神性や風雅な遊び心。
また技術立国日本を支える伝統の「匠の技」、物作りへの拘り。
私は密かに日本建築ほど美しい構造物は世界中を捜してもそうはないと思っているのですが、法隆寺を初めとするその類い希な美が職人たちの、現代の技術を以てしても及ばない程の非常に高度な智慧と技と創意工夫によってもたらされているのを知る時、大きな感動を覚えます。優れた技術に支えられた美、その精神と感性こそが現代の日本のテクノロジーを支えているのだと思います。
そして私が日本の蘇生のためになによりも期待するのは、700年近くに渡って政治権力を握ってきた武士階級の、欧米や儒教文化圏の国々の支配者階級とはかなり異質な様々な特性、とりわけ公へ殉じる無私の精神でした。この点に関しては本の中でも多くのページを割きましたが、私は戦後の日本の政治が常に金銭にまつわるスキャンダルにまみれていることに強い違和感を感じてきました。日本人はいつしか政治に腐敗や汚職はつきもの、と思うようになってしまいましたが、それは本来の日本の精神風土とはかけ離れていると思います。
とにかく何かが根本的に間違っている。そうでなければ、日本が今、自殺者が毎年3万人以上、「社会に不満」と答える若者たちが54,4%と、いずれも先進国中で突出して多い、人々が未来に希望が持てない社会になってしまっていることの説明がつきません。
独裁者の圧政に苦しむ国民や、宗主国に主権や自由を奪われ略奪されたかっての帝国主義時代の植民地の人々と違って、民主主義という政治制度ではすべての責任は国民が負わねばならず、社会の劣化は決して「自然災害」ではありません。
博愛と訳されることが多く、鳩山一郎氏が友愛と訳した Fraternite はつまり同胞愛であり、国民が広く共有すべき理念だと思います。今私共が置かれている、地方が疲弊し、貧困と格差が社会を分断し、弱者が切り捨てられる社会を、一人一人の国民が人間として尊重される社会へと変えて行くためには、「お上任せ」ではいけない。他人の痛みを自らのものとして感じ、弱者に優しい社会を造るためには多少の犠牲も厭わない。そんな、共同体意識と市民感覚が求められているのではないか、と感じます。
私も今を生きる日本人の一人として、このホームページ上で、日本や世界の歴史を振り返りながら、日本と世界の現状を見つめながら、日本の未来への可能性を模索してゆきたいと考えています。そして様々な危機感を共有し、共に希望ある未来を考えられる方たちとの出会いに期待してます。