
投稿日 2009年11月09日
はじめに で書いたように私が最初に世界史の潮流の変化を感じたのは1978年中国で「改革・開放」が始まった時でしたが、実はそれより5年前の1973年に南米チリで、ある意味で世界史のターニング・ポイントとなる事件が起きていました。先回のブログで触れたように、アメリカCIAが画策した軍事クーデターによって民主的に選ばれたアジェンダ政権が倒されたのですが、その後に軍事独裁政権を樹立したあの悪名高いピノチェトが推し進めた経済政策が、いわゆる市場原理主義(ネオリベラリズム)経済の最も初期の例だったと言われています。先回のブログで紹介した、宇沢弘文がシカゴ大学で目撃した一情景は将にその辺りの事情を物語っていたわけですが、私がこの事を世界史的に重要であると考えるのは、チリから始まってやがて他の中南米諸国へ、そして世界へと広がっていったネオリベラリズム経済によって社会を破壊された人々の怒りが、世界の多極化の一つの要因だったのではないか、と思えるからです。
戦後アメリカの裏庭といわれ、アメリカの軍事的、経済的な介入を受け続けてきた中南米で、現在「反米大陸」といわれるくらいに、反米左派政権が増えて、脱アメリカの傾向を強めています。
1998年にはベネズエラで先住民族の血を引くチャベスが大統領に当選して、2006年には三選を果たしています。
2002年にはブラジルで貧しい労働者階級出身のルーラが大統領に当選し、2006年に再選。
2003年にアルゼンチンでキルチネル大統領。
2004年にウルグアイでバスケス大統領。
2005年には、チェ・ゲバラが、アメリカCIAから武器の供給と兵士の訓練を受けていた軍事独裁のレネ・バリエントス政権下、ゲリラを組織してラテンアメリカをアメリカとアメリカの傀儡の軍事政権から開放するための戦いを始め、1967年に捕らえられ銃殺されたボリビアで、先住民インディオの末裔モラレスが大統領に当選。
2006年には、チリでバチュレ大統領、コスタリカでアリエス大統領、エクアドルでコレア大統領。
そしてニカラグアではサンディニスタ民族解放戦線のオルテガ元大統領が16年ぶりに大統領に返り咲きました。
これらの国のうち、2016年のオリンピック開催が決まったブラジルはBRICsの一角として急速にその存在感を増していますが、1497年にポルトガルに「発見」されて以来、19世紀末まで厳しい植民地支配を受けてきました。一部の富裕層を除く多くの「原住民」が金鉱や、砂糖、コーヒーなどのプランテーションなどで奴隷として使役されました。
19世紀初頭にはナポレオン戦争を逃れてブラジルに留まっていたポルトガル王家による王政、ポルトガルから独立した後の帝政を経て、19世紀末(1888年)ようやく奴隷制が廃止されて共和制へと移行し、ポルトガル王家がフランスに亡命してポルトガルによる支配は終焉を迎えました。
戦後ブラジルは憲法を制定して民主主義国家としてスタートしたのですが
1964年3月、アメリカの支援を受けたカステロ・ブランコ将軍が軍事クーデターを決行、親米反共を掲げる軍事独裁政権を樹立します。この政権は1985年まで21年間に渡ってブラジルを支配しますが、積極的に外資を導入し、その結果経済は一時的に活性化しますが、社会の格差が広がり、国は莫大な対外債務を抱えることになります。そんな苦難の歴史を経てきたブラジルが、労働党の、貧しくて充分な教育も受けられなかったルーラ大統領の下、オリンピックを開催する、ということは将にラテンアメリカの変化を、そして世界の多極化を象徴するものだと思います。
これらの政権を支えているのは人々の「反米・自立」への強い志向であり、先住民としての意識の覚醒です。非常に長い間、原住民、先住民として徹底的に差別されてきた人々が今自分たちが本来持っている権利を取り戻そうとしています。この地域にある天然資源もようやく欧米や外資のためでなく、国民のために役立とうとしているようです。
以前はアメリカに全面的に頼るしかなかったこれらの国々がアメリカからの自立を志向できる背景には、アメリカの覇権力の衰えと、それと同時進行で起こっている世界の多極化、特に急成長する中国やインドなどの経済力があります。
これらの国々は叉互いに連携し、南米では2004年からEUをモデルとした地域統合への動きも始まっています。16世紀初頭以来西欧諸国の植民地となり、戦後はアメリカに主権を蹂躙されてきたこの地域で、500年ぶりといってよい大変化が起きています。
21世紀に入って、多極化の勢いは加速しますが、その大きな要因はアメリカの「テロとの戦い」であり、イラクへの侵略でした。アメリカの掲げる一国行動主義は例えば今までお互いに警戒心を抱き合っていた中国とロシアを接近させて、ユーラシアに「上海協力機構」という多国間の安全保障と経済協力の枠組みを成立させました。日本のマスコミでは何故かあまり取り上げられることのないこの機構には、中国、ロシアとカザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの中央アジア諸国が加盟していますが、それ以外にモンゴル、インド、パキスタン、イランもオブザーバーとして加盟しており、アジア諸国連合ASEANも加盟申請中で、非米、非西欧、反米同盟の要素を持っており、世界の多極化の一要素となっています。
豊富な石油資源に恵まれ、アメリカの軍事力に支えられてきたペルシャ湾岸の6ヶ国(サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦、バーレーン、カタール、オマーン)で構成される 湾岸協力会議(GCC)は2008年12月に行われた首脳会議で、2010年までに単一通貨を立ち上げることを決定しました。それは湾岸諸国のアメリカからの自立の第一歩であるとともに、これまではすべてドル建てで取引されていた湾岸産油国の石油がドル以外の通貨でも取引される可能性を示唆しており、世界で始まっているドル離れを加速させる可能性もあります。
世界銀行のロバート・ゼーリック総裁が9月28日、ワシントンで講演し、「米国が、世界の支配的な準備通貨であるドルの地位を当たり前だと思うのは誤りだ」と述べ、基軸通貨であるドルの地位が揺らいでいるとの認識を示した、という報道がありましたが、アメリカの覇権を支えていた要素の一つ、ドル覇権の終焉は、多くの日本人が考えているよりも早くやってくるかもしれません。
かつてオスマン帝国の支配下にあった中東のイスラム諸国は帝国の解体後、主にイギリスの策謀によって不自然に分断され、地域紛争を繰り返してはアメリカの介入を招いてきました。アメリカのイラク戦争が中東の人々の中に呼び覚ました反米感情や同胞意識は徐々にこの地域を変貌させているようです。
そのような変化の兆しはトルコにおいても顕著です。
東欧、バルカン半島、エジプト、イランを除く中東の全域を支配していたオスマン帝国の発祥の地トルコは1922年、帝国の崩壊後、ケマル・アタチュルクの指揮の下、イスラムの影響を廃した世俗主義的な国民国家としてのトルコ共和国を建国し、明治維新を規範として国家の近代化と西欧化を図りました。いわば脱イスラム入欧を図った訳ですが、そのトルコでも近年人々の間にイスラムへの回帰現象が起こっている、という指摘をよく目にします。
田中宇氏が10月21日に配信した記事の中で、トルコ政府が10月11日に行われる予定だったNATO諸国やイスラエルとの、自国の空軍基地を舞台にした合同軍事演習に際して、今年1月のガザ戦争で使った軍用機を派遣してきそうなイスラエルの参加を拒否。結局演習は中止された、というニュースを紹介していました。その後トルコ政府はシリアとの合同演習を行ったとのことですが、田中氏は
「トルコ政府の行動は、米イスラエルとの同盟関係を解消して周辺イスラム諸国との関係を強化しようとする国家戦略の大転換を内外に意識的に示そうとするものと感じられる」
と書いています。アメリカのイラク戦争や今年1月のイスラエルによるガザ攻撃の際、民間人を無差別に殺傷したイスラエルの残虐非道さに怒るトルコの人々の国民感情に政府が配慮せざるを得なくなっているようにも感じられます。そしてそれは今世界中で起こっている価値観の大転換を象徴しているように思われます。
アフリカでは2009年7月にリビアで行われた 第13回アフリカ連合(AU)首脳会議で、リビアのカダフィ大佐が持論の統一政府を持つアフリカ合衆国構想を提唱しました。
この会議の直前に行われた第15回アフリカ連合(AU)行政評議会開会の演説の中ででカダフィ大佐は
「統一政府こそが、グローバル化の課題や貧困と戦い、西側諸国の介入抜きに紛争を解決する唯一の方法である」。
と語っていますが、そこには、何故アフリカで貧困や飢餓が無くならないのか、紛争が多発するのか、というカダフィ大佐の問題意識が透けて見えます。
ウイキペディアのアフリカ連合に関する記述の中に、
「2008年、カダフィ大佐の特使として来日し、福田康夫首相(当時)に大佐からの親書を渡したシアラ副外相は、親書の中で、アフリカ合衆国構想を日本が支持すれば、リビアの油田鉱区の開発権益などを日本企業に開放する考えを示した。」
とありましたが、西側諸国のように、アフリカの国々で対立を煽り、武器商人を送りこんで双方に武器を売り渡して戦わせ内戦を引き起こす、といったことをやってこなかった日本に対するアフリカ諸国の信頼と期待は大きなものがあると思います。
一握りの人々を自分たちの側に取り込んであとの大部分の人々を搾取するという、欧米の植民地経営の伝統的な手法はまだアフリカでは生きているようです。けれども、アフリカも覚醒しようとしています。アフリカで多発する内戦や貧困・飢餓の撲滅のためには、本当は何をなすべきなのか。
アフリカにしがらみのない日本が出来ることは色々あるのではないでしょうか。
またカダフィ大佐は首脳会議の閉会式の演説の中で
「我々はアフリカ連合(AU)が国連安全保障会議常任理事国に加えられる権利のあることを繰り返し表明したい」。
と述べていますが、現在の、核を保有するアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の五ヶ国が安保理の常任理事国として拒否権を持つ、という国連の安全保障理事会の在り方は多極化する世界の現状にあわなくなってきており、これから改革が議論されて行くことと思われます。
多極化とは、世界に於ける様々な価値観の多様化を意味しており、それが「文明の衝突」に至らないためには、それぞれの価値観をお互いが認め合う「共生の思想」が求められます。
弱肉強食から棲み分け共生へと向かわねばならないこれからの世界で、様々な文明を受容し、磨き上げ融和させてきた日本の役割が今後大きくなってゆくのではないかと考える所以です。
鳩山総理の掲げる、異なった文明、先進国と途上国の間に「橋を架ける」という理念はその具体的なイメージとして尊重されるべきものだと思うのですが、日本が眼前の様々な困難を乗り越えてこのような高邁な理想を実現出来る日が来るのか、あるいは単なる理想、ユートピアに終わってしまうのか。それはおそらく私たち一人一人の国民としての課題でもあると思います。
鳩山総理や岡田外相の掲げる「対等な日米関係」の実現が、対米従属意識が骨の髄まで染みこんでいる日本で如何に難しいか。私どもは今思い知らされています。
普天間基地移転問題でアメリカが不快感を示すのを見てうろたえ、大混乱に陥っている姿は私としては実に情けない、と思うのですが皆様どのように感じておられるのでしょうか。
次回は、鳩山総理が提唱する「東アジア共同体構想」と集団安全保障体制構築の可能性について、そしてインドを含めたアジアの現状について考えてみたいと思います。