
投稿日 2010年05月27日
「日本の蘇生」やこのホームページで何度も書いてきたように、私のような不精者が本を書いたり、ブログを書いたりするのは、世界に押し寄せる大変動期の波を日々感じながら日本の過去と現在を見つめ、未来への方向性を考えてみたい、という欲求に基づいているのですが、日本のマスメディアは常に内向きで些末な議論に終始し、世界史の変化の胎動を感じることは殆どできません。
メディアが日々出口の見えない普天間基地移設問題に明け暮れるなか、先日NHK衛星第1の国際ニュースを見ていたら、カタールのアルジャジーラが「イランがトルコとブラジルの仲介で低濃縮ウランの国外搬出に同意した」と報じました。これは大ニュースではないか、とインターネットで詳しい報道を捜しましたが、日本の主要メディアがこのことを報じた形跡はなく、ようやくASAHI.COMで詳細を知ることができました。それによれば
「イランの核開発問題をめぐって国際社会が追加制裁に向けた論議を進める中、同国は5月17日、保有する低濃縮ウラン(濃縮度3.5%)を国外搬出することで仲介に当たってきたトルコ、ブラジルと合意した。これまで国外搬出を拒んできたが、相手国を隣国トルコとすることで、譲歩に転じた。」
主な合意内容は、
(1)イランは保有する1.2トンの低濃縮ウランをまずトルコに搬出し、IAEAの管理下に置く
(2)フランス、ロシア、米国などが合意した場合、20%に濃縮・加工された核燃料棒120キロを受け取る。
等で
「イランは近く、国際原子力機関(IAEA)に合意内容を正式に通知する。」
とのこと。
これまで「核開発はあくまでも平和利用のため」と主張してきたイランに対して「国際社会」はイランがウラン濃縮を行って核兵器の開発を行うのではないか、と疑いの目を向け、厳しい経済制裁を課し、アメリカやイスラエルではここ数年、「イランが核兵器を持つ前に先制攻撃を行うべき。核兵器の使用の可能性も排除すべきではない」という強硬論が横行して一発触発の危機感が漂っていました。おそらく「大量破壊兵器を持っている」と濡れ衣を着せられて戦争を仕掛けられ、国を破壊されたイラクの苦い教訓を踏まえ、イスラエルやアメリカにイラン攻撃への口実を与えないための、トルコとブラジルの外交的な配慮であろうと思います。
今年3月ドーハで行われたワシントン条約締約国会議で、大西洋・地中海産のクロマグロの国際商業取引を原則禁止するモナコ提案が大差で否決された時にも感じたことですが、国際社会の様々な局面で欧米の思惑通りにはいかなくなった世界の地殻変動が垣間見えてきます。
イスラエルやアメリカによるイランへの攻撃を回避させるために連携して動いたのがトルコのエルドアン首相とブラジルのルラ大統領であったことは私にとっては大きな意味があります。この二つの国の置かれた歴史的な条件や新たな時代への変革が、世界の多極化や価値観の変化を象徴しているように思えるからです。そしてこの二国とも、国際的に非常に存在感のある指導者が国民の高い支持率を背景に内政や外交でリーダーシップを発揮しています。
「多極化とはなんなのか」で私はこの二国を多極化時代の主要プレーヤーの一角としてかなり詳しく書いているのでここでは繰り返しを避けたいと思うのですが、ただトルコに関してはこれからの日本を考えるにあたって色々な示唆を与えてくれるように思うので、再び簡単に触れておきます。
つい最近までトルコといえば、EUの一員となることを熱望しながらなかなか受け入れてもらえず苛立っている国、という印象でした。かつて長い間オスマントルコ帝国としてヨーロッパの国々と対峙し、国民の9割がイスラム教徒であるトルコをEUに迎え入れるのは、それがEUの強化に繋がると分かっていてもEU内で根強い抵抗があります。でもトルコにしてみれば、近代トルコの父ケマル・アタチュルク以来日本の明治維新をお手本に脱イスラム・入欧の道を歩み、政教分離、世俗主義の政治を行ってきたのですから、欧州の一員として認めて欲しいという国民の期待も強かったのだと思います。NATOに加盟し、政治的にはアメリカ、イスラエル寄りだといわれてきました。
そのトルコに変化の兆しが見え始めたのは、穏健なイスラム主義を掲げる公正発展党の創設者で党首であるエルドアンが2003年、イラク戦争開戦の年に首相に就任して公正発展党の単独政権が発足した頃からだったように思います。
エルドアンを見ているとそのリーダーシップは強力で、親欧米世俗主義の都会の知識層や軍部の批判を受けつつも少しずつ伝統的なイスラム世界への回帰を図り、国民にかつての誇りを取り戻させる傍ら、資源獲得や経済発展の為の政策も怠りなく、外国訪問の際にはいつも多くの閣僚と経済人を同行させています。
経済危機で元首級がだれも訪問しなくなっていた、長年軍事的に対立してきたギリシャにも多くの経済人を伴って5月14日に訪問してギリシャとの経済交流の活発化を図りました。
エルドアン首相を見ているとその外交はしたたかで柔軟で、トルコが将来的にどのような国家を目指すべきなのか、というしっかりとした目線が感じられます。それは一国の指導者として当然のことですが、益々アメリカ従属一辺倒に傾いてアメリカの顔色ばかりを窺い、自主外交を放棄している日本の現状を考える時、何故日本にはこのような指導者が現れないのか、と思わざるを得ません。
昨年1月、イスラエルのパレスティナ攻撃の直後に行われた世界経済フォーラム(ダボス会議)では、長々と自国のやったことを擁護するイスラエルのペレス大統領の後に発言して、イスラエルが行った残虐行為を非難し、途中で司会者によって発言が打ち切られると怒りを爆発させて退席し、この行動が全イスラム世界に深い共感を呼び起こしました。
20世紀初頭、オスマントルコ帝国が解体された後、その広大な地域の殆どはイギリス、フランスなどの支配下もしくは影響下に置かれ、戦後はアメリカの影響下、多くの親米政権が誕生して、アメリカは石油利権を独占してきました。イラク戦争やイスラエルのパレスティナに対する非道ぶりが人々の怒りに火を付け、かつてオスマン帝国領だった地域のイスラム教徒たちの間にトルコへの回帰現象が起こっているようにも感じられます。
欧米の覇権が終焉に向かう中、欧米各国とも協調しながらトルコの歴史的軌道修正を行う役割を担って、現れるべくして現れてきた指導者のように思われます。
昨年の戦後初の政権交代で、日本にも国民が誇りを取り戻せるような変化が起こるかもしれない、と期待した私は本当に甘かったと思うのですが、日本では「脱亜入欧米」からの脱却や自立した独自外交、国際的な発言力の増大などはまだ当分望めそうにありません。