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東日本大震災とカミュの「ペスト」

投稿日  2011年04月04日

数日前、日本点字図書館からお借りしていたテープ図書2ケースをポストに返却しました。日点によるテープ図書の貸し出しが3月で終了するため、それは私が借りた最後のテープとなりました。録音図書はこれからもディスクに録音されたデージー図書などを引き続きお借りすることはできるのですが、私にとって1996年以来15年間慣れ親しんだテープ図書を聞くことはもうないのだと思うと多少の感慨を覚えて、ポストに落ちるケースの音が胸に響きました。

 最後のテープ図書を何にしようか、と考えていた頃、それはまだ地震の直後で、千年に一度ともいわれるこの大災害の被害の全容も分からず、多くの人を襲った余りに過酷な運命と、原発事故という決して起こってはならなかった事態に気が動転する日々でした。そして一方で私どもがテレビなどで目にしたのは、家も土地も失い、家族の安否も分からない、などの極限状況の中でなお、、譲り合いの精神や他人への気遣い、感謝の気持ちを忘れず、秩序を保つ、驚くほど忍耐強い人々の姿でした。

 ふと学生時代に読んだアルベール・カミュの「ペスト」を思い出しました。ペストに襲われて封鎖され外部との接触を一切断たれ、恐怖と絶望が支配する町で、淡々と、黙々と自分の職務に邁進することによって、この不条理な状況と闘う医師ベルナール・リウーとその仲間たちの物語はワクワクするような面白さはないものの、大きな手応えを感じさせた小説でした。

仏文を専攻した学生時代、私にとってカミュは最も惹かれた作家の一人でした。私のフランス語は大変未熟なものでしたがそれでもその明晰で端正な文体は読んでいて心地よく、その思想や感性は心に深く触れてくるものがありました。とりわけ故郷アルジェリアの自然を語る彼の文章は実に美しくて、エッセイ La Noce結婚 に漂う深い詩情と、一種異教的、汎神論的な世界は魅力的でした。余りに強烈な太陽の光に焦がされる大地はむしろ暗く、太陽と大地は深く結ばれ、そこにどこからともなく吹く風・・・。カミュの作品とその文体の背景に、私はいつもこの地中海的な風土を感じていました。

第二次大戦中の1942年に発表された「シーシュポスの神話」Le Mythe de Sisypheはカミュの思想の原型を示すものでした。ギリシャ神話で語られるシーシュポスは、神々に反抗し、生に執着しすぎたために神々の怒りをかい、考え得る限り最も残酷な刑に処せられます。重い岩を山頂に運び上げると岩はすぐに下まで転がり落ちる。それをまた山頂に運び上げる。それを永遠に繰り返す、というものでした。全身全霊を込めて岩を山頂に運び、それが転がり落ちるのを見届けて、山を降り、また岩を頂上まで運び上げる、という苦役に黙々と耐えるシーシュポスにカミュは「不条理の英雄」の姿を見ます。

当時共産党に入党していたカミュは、目的も達成感もなく毎日同じ仕事に明け暮れるプロレタリアートたちの生活にこのシーシュポスの姿を重ね合わせていますが、それはまた、人間の置かれている根源的な条件と生きることの意味を問いかけるものでもありました。

そしてシーシュポスは、戦争直後の1947年に発表された「ペスト」の医師リウーの姿と重なります。ペストが終焉に向かうなか、同志ジャン・タルーがペストで死亡するのを看取り、療養中だった愛する妻の死を淡々と受け止め・・・。不条理な世界の中で運命に翻弄されながらも、自分の職務を全うすることに全力を尽くすリウーもまた、「不条理な世界に反抗する人間」「不条理の英雄なのだと思います。

それはまた、地震直後から福島原発事故の現場で危険も顧みず、家族の安否を確認するいとまさえなく不眠不休で最悪自体を回避するために働き、世界で「fukusima fifety」と讃えられた原発保安員の方々、その他無数の、過酷な運命を受け止め、渾身の力で役目を果たそうとする人々の姿でした。

よく「ペスト」はナチ占領下のフランスを描いたものだといわれます。そして共産党に入党し、レジスタンスに加わったカミュはサルトルを初めとする多くの同志と共に闘い、そして歓喜のパリ解放を迎えます。しかし共産党入党は彼にとっておそらくはナチスへのレジスタンスの手段であって、カミュ自身は共産主義イデオロギーとは距離を置いていたのではないでしょうか。

 1951年、「反抗的人間」を出版してから、あくまで共産主義革命を目指すサルトルたちとの立場の違いは鮮明になり、サルトルは革命に於ける政治的な暴力まで否定するカミュの態度を「曖昧である」と批判して「サルトル・カミュ論争」が起こります。

 私が早稲田大学に入学したのは1964年ですが、当時の学生たち、特に私ども仏文の学生たちにとってこの論争はなお避けて通れない問題を提起していました。

キューバ革命が成立したのが1959年、翌年が日米安保反対闘争、1964年にはアメリカが自作自演のトンキン湾事件を口実に北爆を開始。そして1965年早稲田では学費値上げ反対闘争によって大学は封鎖され授業はほとんど行われませんでした。そんな時代、権力や圧政と闘い、打倒するために暴力的手段を肯定するサルトルはある意味分かりやすかったとも言えます。けれども、カミュの唱える「反抗」とは、生命や尊厳が冒される苦しく厳しい状況の下、そこから目をそむけず、明晰さを保ったままある限りの力を尽くしてその状況に反抗する、ということであり、そしてその「反抗」が他者のためのものであるとき、そこに連帯が生まれる、と唱えます。革命の理論としては確かに曖昧かもしれませんが、それはプロレタリア革命よりもより普遍的、根源的な闘いを意味しており。ポスト冷戦の今の世界では、より今日的であるともいえると思います。

 連日地震や津波の被害や福島原発事故の報道が流れる中、「ペスト」のテープを聴くことは私にとって正直かなり辛いものでした。そして小説の中では、ペストは終演し、人々の歓喜の声を聞きながら、リウーは自分が見、経験したすべてのことを記録として残すことを決意するのですが、日本では時間が経てば経つほど、事態は混乱し、深刻さを増して、まだ復旧も復興も少しも筋道が見えません。

私は常々、この国は船長もいないまま、目的地も定まらずにただ漂っている、と感じているのですが、被災者の方たちの置かれている大変厳しい状況やそのお気持ちを思うとただ政治批判をしているわけにもいかず、悶々とする日々です。

大きな青写真を掲げて、被災者の方たちへのとりあえずの迅速な支援と、その先の、人々が希望を持てる復興への筋道を示すことが大事だと思います。それが分かりやすい形で提示されれば、多くの日本人は、それに協力する心の準備はできていると思います。今の日本にそのリーダーシップをとれる能力を持った人間はいないのでしょうか。

この混乱状態のなかで、僅かながらでも未来への光明が見いだせるとしたら、それはこれを契機に、戦後余りに経済優先だった国の在り方や自然との関わり方、エネルギー政策の在り方などを問い直すべきだという声がちらほらと出てきていることです。余りに多くの方が犠牲になったこの大震災が日本再生のきっかけとなった、と後生の歴史に語られる日が来ることを祈らずにはいられません。日本人の叡智が問われています。


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