
投稿日 2011年04月12日
テレビの報道に接していると余りに悲しい話が多く、特に今は農業や牧畜、漁業に従事されている方たちが、丹精込めて育てあるいは漁獲したものが放射能汚染のために、あるいは風評被害によって受け取りを拒否されたり値が暴落している、といったニュースを聞くのは辛いことです。震災の被害者としてすでに大きな痛手を受けているこの方たちに運命はどこまで過酷なのかと心が暗くなります。
でもそんな中、胸が締め付けられるとても感動的な話を知人から聞くことができました。3月18日放送のNHK「ニュースウォッチ9」で紹介されたそうなのでご覧になった方も多いことと思いますがそれは次のような話です。
岩手県釜石市は昔から度々津波に襲われてきましたが、そこで防災・危機管理アドバイザーを務めていた群馬大学の片田敏孝教授は「津波の被害者ゼロ」を目標に度々現地を訪れ、小中学生たちに防災教育を行ってきました。釜石東中学は海に近く、すぐ隣に小学校があり、教授は中学生たちに、「避難する時は小学生たちの手を引いて誘導し、高台に逃げるんだよ」と教えてきました。地震発生の数日後、初めて被災地を訪れた教授は瓦礫の山と化した町の想像を遙かに超える被害の大きさに驚き、自分が小学生の手を引いて避難するように指導してきたことで釜石東中学校の生徒たちが逃げ遅れたのではないかと不安に苛まれます。しかし教授が教えておいた所よりも更に上の避難所に彼らは全員無事に避難していました。感動の再会、そして涙ながらに子供たち一人一人の労をねぎらう教授の姿、番組の最後に、小学生の手をしっかりと握りしめて落ち着いて避難してゆく中学生たちの姿が映し出され、そのスナップ写真を見て思わず泣けてきた、と知人が言い、私も彼らの姿を想像して涙が溢れました。
子供たちが避難を開始して数分後にはすでに津波が5階建て校舎の3階にまで達していたという、生命の危険に晒され、大抵の大人でもパニックに陥る恐怖の中で、中学生たち全員に、これほどまでに冷静な行動を取らせたものはなんだったのでしょうか。
私はそこに、人間が本来持っている「善なるもの」を引き出す教育の最も輝かしい成果を見るような気がします。片田教授に寄せる子供たちの信頼感、そして教授が子供たちの中に呼び覚ました、年下の者を守るという責任感と使命感、それが危急の時に子供たちに教授から教えられた通りの行動をとらせたのだと思います。そこには単なる知識を教えることより大切な教育というものの一つの可能性があります。この小中学生たちがどのような大人に成長してゆくのかが楽しみです。
この物語を誰かが絵本にして日本中、世界中の小学生たちに読ませたらと思うのですが・・・。
思えば長い間、私どもは日本社会の倫理道徳の荒廃を嘆き続けてきました。親殺し、子殺し、いじめ、無縁社会・・・。日本人はその歴史と伝統の中で大切にしてきた義理や人情や惻隠の情、そして自然への畏敬の念などを見失ってしまったのではないかと不安でした。今回この未曾有の大災害の中で、東北にはまだそういったものが残っていたのか、と思われる場面がとても多くてその都度はっとさせられます。
今回大震災に襲われた福島県、宮城県、岩手県はいわゆる「陸奥 みちのく」であり、平安貴族の憧れの地でした。数々の名歌に詠み込まれた歌枕の多くが陸奥の地名にちなんで作られています。そしてその伝統が西行の絶唱を産み、芭蕉の「奥の細道」に繋がりました。そんな東北地方が明治維新以降、経済的発展から取り残されて今日に至っています。その地の人々の言動が今世界中の人々の感動と共感を呼び、世界各地で「日本の被災者を救おう」という運動が巻き起こっているのを見るとき、私どもはそこから何ごとかを学びつつ、これからの日本の在り方を考えてゆくべきではないでしょうか。
さて、このところ原発に関して、賛成派、反対派、双方からメールが送られてきますが、個人的には私は、この国に於ける新たな原発の建設はあり得ないと考えています。私は元々原発に対しては大きな懸念を抱いてきましたが、今回の福島原発事故で私どもが痛感したのは、日本中どこを探しても原発を建設するための絶対安全な場所などない、ということではないでしょうか。日本中どこでも「想定外」の巨大地震は起こりえます。そしてひとたび原発事故が起きれば、目にも見えず、臭いもしない放射能は大地を、海を、空気を数十年に渡って汚染し続け、人々の健康を蝕み、農業や漁業に甚大な被害を与え続けます。それは他のエネルギーと根本的に異なる、核というものの恐ろしさです。福島原発の20キロ、30キロ圏内に住む方々の怒りや苦しみを見れば、今後日本人は自分たちの町や村の近くに原発が建設されることを金輪際許さないでしょう。
すべての原発をいっぺんに止めることは無理でも、10年くらいかけて、火力や水力による発電とともに、風力、太陽光、地熱、バイオマス等々の自然エネルギーによる発電技術の向上に力を注いで、脱原発、脱石油に於いて世界をリードするべく、総力を結集するべきだと思います。
また日本海海底に大量に埋蔵され、CO2排出量が少ないことでも注目されているメタンハイドレートという天然資源の採掘を早急に始めるべきではないかと思います。素人には分からない色々な事情があるのだとは思いますが、日本の優れた技術力はこういう時に力を発揮するのではないのでしょうか。
同時に私どもは、節電のための生活スタイルの見直しを迫られています。
例えば少しの暑さも寒さも我慢しないで、すぐに冷暖房に頼る生活、あるいは、ホテルやレストランががんがんと冷房を効かせ、夏でも上着が必要、といったことは改めるべきではないかと思います。
幸いなことに日本には耐え難いほどの暑さも寒さもありません。昔の話で恐縮ですが我が家も私が大学に入る頃まで、冬は炭の炬燵と火鉢に湯たんぽ、夏はせいぜい扇風機やうちわでしたが、それで辛いと思ったことはありません。
今地元の人々を苦しめている福島原発で作られた電力を消費していたのは首都圏に住む我々でした。それを思えば、少しくらいの我慢はせねばと思っています。
一人一人の知恵と工夫によって節電し、とりあえず今年の夏を計画停電なしに乗り切れれば、私どもは原発のない世界を目指す第一歩を踏み出すことができるかもしれません。
さて10日の日曜日の朝、テレビ朝日で、宮城県気仙沼市の隣町で牡蠣とホタテの養殖に携わっている漁師の方たちが紹介されていました。
今回の津波で養殖用のいかだはすべて流され、その日彼らはようやく、10個ほどのいかだを回収して修理を始めていました。もちろん牡蠣もホタテも全滅し、収穫までこれから2,3年はかかるとのこと。その間収入は得られません。
彼らは以前にも海が汚染され牡蠣が全滅するという苦難を味わいました。川の水の汚れが原因と分かり、彼らはその時、「森は海の恋人」を合い言葉に山に植林を始め、そしてその結果森は蘇り、海に流れこむ川の水は浄化され、海は再び豊穣の海となって素晴らしい牡蠣やホタテができるようになりました。そして再び今回の大災害。しかし彼らはくじけません。ある漁師が瓦礫で埋まり、油の浮く海を前に言います。「海は一年でまた元に戻る」そしてある初老の漁師が言った言葉。
「三陸の漁師町で昔から言われてきた言葉がある。『目は臆病、手は鬼になる』」
豊かな海の恵みを受けながら、時として牙をむく海と辛抱強く闘ってきた海の男たちの言葉でした。そして彼は続けます。
「手は不可能を可能にする。いつまでも後ろを向いていてもしょうがない。少しでも前を向いて進まなきゃ」
そこに私は一人の現代のシーシュポス(前のブログで触れたギリシャ神話中の人物)の高貴な姿を見たように思いました。