
投稿日 2011年04月27日
テレビのニュースを見ながら、被災者の方たちと共に悲しみ、共に嘆くという日々ですが、私には東北の方たちのような忍耐強さがなく、つい怒り、苛立ち、鬱々としています。
一体被災者の方たちはいつまであの過酷な避難所生活を強いられるのでしょうか。
新学期が始まって、教室を避難所としていた人々が、体育館に移るように、と追い立てられていました。一ヶ月半に及ぶ避難所生活で疲れ切った人々が、電気も使えない、壊れかかった体育館で生活することを強いられるのは気の毒すぎます。
この方たちは難民ではありません。(難民だからどんな扱いを受けても良いということでは無論ありませんが)きちんと働き、税金を納め、生活を営んできた日本国民、私たちの同胞です。
先日原発事故で避難指示区域に指定され、避難生活を強いられていた人々にようやく一時帰宅が認められましたが、一家に一名、滞在時間2時間、という制約付き。なぜ一名なのでしょうか。皆一緒にバスで行くとのことでしたが、バスなど何台でも出せば良いし、それぞれに段ボールでも渡してあげて必要な物を詰めてもらい、後からそれぞれの避難所に届けるくらいの配慮はしてあげてほしい。
悲しかったのは、牛や豚などの家畜たちの多くが餓死していた、ということでした。手塩にかけて育てていた人々の気持ちを思うとたまりません。せめて一日一時間、防護服を着た人たちが避難指示区域に入って残されている家畜やペットたちに餌だけでも与えることはできないのでしょうか。
これらの区域は今後、政府の意向で「立ち入り禁止・警戒区域」に指定され、住民でも立ち入れば10万円の罰金が課せられるとのこと。しかしその判断の根拠は示されず、避難民の方たちの苛立ちは察するに余りあるものがあります。
政治に血が通っていません。すべてが後手後手に回り、総理が構想力もなく政治決断もできないために先の見通しが立ちません。
政府内には「震災復興委員会」が20余りも立ち上げられているようですが、本来必要なのは「大震災復旧・復興省」のようなものを時限立法的に立ち上げて、そこに財源と権限を集中させ、総理のリーダーシップのもと、今すぐやらねばならないことと、長期的な構想に基づいてやることとを仕分けし、国民に説明しながら速やかに実行してゆくというかたちだと思います。官僚バッシングの嵐が吹き荒れた日本ですが、まだ有能で志の高い役人たちも大勢いるはずです。縦割り行政の弊害を打ち壊すチャンスではないでしょうか。
学者先生たちを集めて小田原評定をやっている場合ではありません。
さて前置きが長くなりました。
先回のブログで、ごく手短に「脱原発」への方向性を述べましたが、「日本はCO2削減への国際的な義務を負っており、またこのまま化石燃料を使い続けることによる温暖化、気候変動が非常に危惧される。今後クリーンエネルギーとして原発しかないのでは」という趣旨のメールを何通か頂きました。そしてそれに対して私なりの考えを述べさせていただきました。
例えば私は「産業革命以来の化石燃料の使用が地球の温暖化・気候変動をもたらした。もしこのまま続ければ地球は大変ことになる」という説について非常に懐疑的です。ましてや 排出量取引 という「国際社会」が作り出したシステムを非常にトリッキーだと感じます。ただその根拠を示すには様々な資料や温暖化説に賛成、反対の双方の学者たちの意見を比較検討しながら論じる必要があり、時間的なゆとりがないので、ここでは原発に反対の立場を取る者として別の角度から考えてみたいと思います。
先日テレビを見ていて、フィンランドが建設中の、世界初の高レベル放射性廃棄物最終処分場「オンカロ」(フィンランド語で 隠れた場所 の意)のことを知りました。
フィンランドの首都ヘルシンキから西へ約250キロ、オルキルオトという島にその施設はあります。島には地下500メートルの辺りに、約18億年前の地層があり、その岩盤を掘削してまるで地下都市のような壮大な建造物を造り始めたのが2004年、完成予定は2100年、つまり22世紀。放射性廃棄物で満杯になった施設は封印されます。そして驚くべきことには、高レベル放射性廃棄物が人間に有害な放射能を出さなくなるまでに大体10万年ほどかかるので、この地下施設も10万年後を想定して造られているのだそうです。
私は二つの点で大きな衝撃を受けました。
一つは、10万年後という気の遠くなるような時間に耐える物を造ろうとするフィンランドの人々の強靱な意志と精神です。
原発などから出る使用済み核燃料は再処理されてウランやプルトニウムなどが抽出されたあとに、低レベルと高レベルの放射性廃棄物となります。ウィキペディアによると
「高レベル放射性廃棄物はその処理が難しく、ロケットで宇宙に飛ばしたりする案があったがロケットの打ち上げに失敗すると全世界に放射能がばら撒かれる危険があるため現在の技術では地層処分のみが有力な方法である」。とあり、「現在世界中でオルキルオトがその唯一の場所である」と書かれています。これだけ世界中に原発が普及しようとしているのに、本格的な最終処理施設は世界にただ一カ所しかない。このことを原発を推進する国の国民は真剣に考えるべきではないでしょうか。
そしてもう一つは、放射性廃棄物が10万年間に渡って有害な放射能を出し続けるという事実です。
10万年、それは人間にとっては永遠ともいえる時間であり、むしろ神の領域といえるものです。
人類がこの地球上に残した最初の痕跡は、穴居の壁画あたりから始まると思うのですが、例えば先史時代のスペインのアルタミラの洞窟壁画が約18,000―14,000年前、フランス ドルドーニュ地方のラスコーの洞窟壁画が約15,000年前、そして「世界の七不思議」の中で唯一現存する建造物である古代エジプトのギザのピラミッドが造られたのが今から約4,450年前、古代ギリシャのパルテノン神殿が2,500年前、日本では例えば縄文前期の中頃から中期にかけて営まれた 三内丸山遺跡が5,500年―4,000年前くらい。世界最古の木造建築である法隆寺が建立されたのが約1,400年前。
10万年後、人類がこの地球上に残した様々な痕跡、建造物や美術や文学や音楽は残り得るのでしょうか。
「オンカロ」を造る人々は、氷河期の再来、その他の要因でホモ・サピエンスが絶滅し別の人類、あるいは異星人が地球上で生息していると仮定し、現在使われているどの言語も解さない未来の地球人のために、この場所が危険であることを知らしめるにはどうすればよいのかと頭を悩ませているとのこと。私はそこになにかしら神話的な世界を感じました。
ギリシャ神話の神、プロメテウスは、人間に火を与えたことで大神ゼウスの怒りに触れ、人里離れた荒野の岩山の山頂に張り付けられ、日々禿鷹に肝臓をついばまれるという過酷な責め苦を負わされます。
最近、古代ギリシャの三大悲劇作家の一人アイスキュロスの「縛られたプロメテウス」を録音図書で聞きましたが、それによれば、プロメテウスが人間に与えたものは火ばかりではありません。
例えば、人間たちに自らの運命を前もって見えないようにしてやり、盲目的な「希望」を与えてやった。そして
「彼らはもともと何かを見てもただ徒に見るばかり。聞いても悟るわけでなく、夢の世界の幻のよう。命の限りを行き当たりばったりに過ごしていった。
また暖かい煉瓦造りの家とても、材木の仕立てようとて知らずにいて、ちっぽけな蟻どものよう。地面の下の日も当たらぬ洞窟の奥戸に住まいしていた。
彼らにとっては嵐の冬も、花咲き匂う春の日も、また実りたわわな夏の日を見分ける定かな印とてもなく、ただ無考えになにもかもやっていたのだ。ことにまた気の利いた工夫の中でも一番の数というもの、それも私が彼らのために見つけたものだ。また文字を書き、また綴る技も。あるいは野生の獣を捕まえて繋ぎ、くびきについて働くようにも私が最初にしてやったのだ」。
(「縛られたプロメテウス」より 呉茂一訳)
その他にも、プロメテウスは造船技術、医術、金銀など鉱物資源の見つけ方などを人間に伝授したことになっています。要するにプロメテウスは旧石器時代から有史時代に至るまで人類が獲得した様々な知恵や技術を与えた神ということになるわけですが、それでもプロメテウスといえばもっぱら、人間に「火」を与えたことでゼウスの怒りに触れた神として知られています。それは「火」が人類の科学技術の発達と結びついているからなのだと思います。
火 とはエネルギーであり、それは様々なテクノロジーへと人間を導いてゆきます。劇中でも、プロメテウスは、
「それに加えて 火 をまで私は彼らにくれてやった。それからして様々な技術を学び知ることだろう」。(同上)と言っています。
けれども、そのプロメテウスでも「原子力」という「火」を人間が手に入れることは決して許さなかったと思います。人間と神の違い、それは無論神が不死なのに対して、人間が「死すべき者」である、という点です。そして人間の作り出す文化も文明も永遠のものではあり得ません。
10万年間も、人間や、そしてこの地球上に存在するすべてのいのちに有害な放射能を出し続ける原子力という「火」は人間の手には負えない、人間が手に入れてはいけなかったエネルギーなのだと思います。
とりわけこの地震国の日本に、10万年間放射性廃棄物を地層処理できる場所などないのですから。
尚、「オンカロ」を描いたドキュメンタリー映画「10万年後の安全」が、現在各地で上映中とのことです。